トランジションを許されるべきは誰か?  Who Should be Allowed to Transition?

March 4, 2022 By Alex Marzano-Lesnevich

 

The New York Times Opinion Guest Essay

 

https://www.nytimes.com/2022/03/04/opinion/trans-laws-doctors-healthcare.html

 

 March 4, 2022   The New York Times Opinion Guest Essay https://www.nytimes.com/2022/03/04/opinion/trans-laws-doctors-healthcare.html 

 

2年半前,私は医療機関の待合室に座り,緊張しながら看護師に会う理由を復習していた。私はトランスジェンダーで医療的なトランジションの手助けが欲しいという、私がかつて誰にも言わないと自らに誓った言葉を。私は自分のアイデンティティを子供の頃から分かっていたが、決して明かさない、最も深い秘密にしておこうと思ったのだ。

当時は、どうやって明かせばいいのか、どんな言葉を使えばいいのかもわからなかった。ただ、私はみんなが思っているような女の子ではないし、双子の兄のように男の子でもないということは感じていた。自分の体の形を変えられる夢を鮮明に見て、その夢から目が覚めると、胸が張り裂けそうになった。私は自分が何者であるかを明確に表現する方法を知らなかったし、他人が私を本当の私として見ることができる世界を想像することもできなかった。私は、自分が何者でもない、ということだけを知っていた。

数十年が経ち、私は自分のノンバイナリー・アイデンティティを明確にするための言葉を見つけ、その言葉が私をコミュニティへと導いてくれた。私はより安心し、より確信し、より快適になった。あるパターンに気づいた。よりオープンになればなるほど、より自分らしく認められれば認められるほど、私はより幸せになったのだ。私は、自分の身体と世界での経験が自己認識と、より密接に一致するような、異なる人生が可能かもしれないと思うようになった。そして、ホルモン療法(HRT)を始めようと決心した。グレーかかった茶色の壁に、聴診器を首から下げて微笑む医療従事者の写真が並ぶ待合室に、私はこうしてやってきたのである。

最近、保守的な政治家たちが、医師たちが安易に性別違和の治療に、特に若者達の治療に応じているのではないかという懸念を煽っている。2月21日、テキサス州のケン・パクストン司法長官は、州法上、トランスジェンダーの子どもに対する性別肯定医療(思春期抑制剤などの可逆的な選択肢も含む)は、児童虐待と見なされると宣言する正式な見解を発表した。その翌日、グレッグ・アボット州知事は、教師や医師などの専門家に対し、トランスジェンダーの子どもにトランス医療を受けさせる親を通報するよう呼びかける書簡を発表した。すでに1件の調査が始まっている。ここ数年、全国で新たに提出された何百もの法案が、トランスジェンダーの子どもへの支援を犯罪化しようとしており、ヒューマンライツキャンペーンの1月の報告書によれば、さらに何百もの法案が提出されるようである。

トランスジェンダーの子どもたちをどのようにサポートするのが最善なのかは重要な問題だが、彼らが治療へと急がされているという確かな証拠はない。実際、国内の多くの地域では、大人でさえもまともな治療を受けることは困難である。

私が住んでいたメイン州では、それが可能だった。私が選んだクリニックは、トランスジェンダーの自己認識への信頼を重視した、セルフIDまたはインフォームド・コンセントと呼ばれるモデルで運営していたのである。医療従事者は支援や専門知識を提供するが、まず話を聞くことから始める。その結果、自分がトランスジェンダーであることを自分で証明することが、HRTを受けるために必要なことだった。端的に言えば、私を信じてもらえたのだ。

私の経験は、一般的なものとはかけ離れている。アメリカの保険会社の多くは、トランスジェンダー医療を受けようとする患者が「本当に」トランスかどうかを確認するために、医療従事者による長時間の査定を受けるよう求めている。このモデルは、医療ゲートキーピング(門番)と呼ばれている。こうした方法は、患者を保護する為のもののように聞こえるが、実際には、人種的・階級的偏見を含む、トランスジェンダーに関する医療者自身の考え方に帰結することがあまりに多い。黒人や褐色の肌色のトランスジェンダー、特にトランス女性は、ケアに対するより大きな障壁に直面し続けている。調査の結果、医師はトランスジェンダーの健康について正式なトレーニングを受けていないことが何度も指摘されている。トランスジェンダーについての知識は、僅かな一般的なL.G.B.T.Q.の講義に纏められていることが多く、多くの人がジェンダーアイデンティティに関する評価を行う訓練ができていないことに不満を表明している。しかし、保険会社は患者の自己認識よりも医療者の結論を優先してしまうのだ。

トランスジェンダー医療が命を救うことは明らかだ。コーネル大学による2018年の文献レビューでは、93%の研究が、トランジションがトランスジェンダーの人々の健康を改善することを見出し、残りの7%は結果がまちまちか無効であると結論付けている。レビューの中で、否定的な影響を結論づけた研究はひとつも無かった。しかし、医療へのアクセスが患者の資力だけでなく医療提供者の意向にも左右される不安定な医療環境では、あまりにも多くの患者が、自殺、うつ病、薬物障害、摂食障害、その他の未治療の違和に伴う人生への悪影響に苦しむことになるかもしれないのだ。

昨年6月、バイデン政権はパスポートの取得ルールを変更し、米国をセルフIDモデルへと移行させた。しかし、より厳格な多くの州法は変更されないと思われるので、パスポートと州発行の運転免許証や出生証明書では異なる性別が記載される可能性がある。このような官僚的な混乱は、マサチューセッツ州の同性婚合法化決定から最高裁のオベルゲフェル対ホッジス裁判の判決までの11年間に多くのゲイやレズビアンのカップルが直面した状況を思い起こさせるものである。この間、多くのカップルは、本国の州では結婚していても、連邦法からすれば未婚と見做された。

セルフIDモデルとゲートキーピングモデルというこの2つの考え方の間の議論は、性別肯定手術へのアクセスを巡る争いからトランスジェンダーの運動選手が競技に出ることを許されるべきかどうかに至るまで、トランスジェンダーの成人の生活に関するあらゆる議論の核心に位置するものである。本人がそう言っているからトランスなのか?それとも、専門家でないとわからないのだろうか。

この問いを世界がどう判断するかは、トランスジェンダーの人たちの生活に大きな影響を与えるだろう。近年、アイルランド、ポルトガル、ウルグアイなど約15カ国でセルフIDが法律化され、昨年6月に政府が法案を承認したスペインでも法律化されそうな勢いである。今週は、スコットランド議会でセルフID法が導入された。しかし、他の地域では、トランジションの為の医療を受けるのは依然として複雑である。ドイツはワイマールの解放された歴史があるにもかかわらず、その要件は時代遅れで負担が大きい。40年前に制定されたTranssexuellengesetz(「性転換法」)のもと、人々は高価で長く、しばしば屈辱的な検査を受けた上で変更しなければならず、名前と書類を変更するのに何年もかかることもある。

この法律を変えようという動きが始まっている。リベラルな緑の党の代表として連邦議会に選出された27歳のナイキ・スラウィックと44歳のテッサ・ガンゼラーは、政府が進める改名手続きを拒否したため、支持者は彼女達の旧姓で投票せざるを得なかった。11月下旬、緑の党と社会民主党、自由民主党を統合した新連立政権は、法律を改正し、法的な名前の変更を自己認証に移行すると公約した。彼らはまた、10年も前に強制不妊手術を受けたトランスジェンダーのための補償基金を創設する予定である。

私は9月にベルリンを訪れ、ドイツや世界における現在のゲートキーピング制度の犠牲者を理解するために、変革を求める人々の顔のひとりとなった若い女性、フェリシア・ロレシュケさんにインタビューを行った。ベルリンのアトレプトウ地区の森の中にある輸送用コンテナを改造した彼女のアパートの上空には、トランスジェンダーの旗が掲げられ、通り過ぎるSバーンの列車からも見える。その旗は、彼女が森で見つけて持ち帰った高さ5メートルの白樺の枝に固定されていた。私たちがバルコニーに腰掛ける際に、「1週間は痛かったですよ」と彼女は笑いながら話した。しかし、彼女にとって旗を持つことは重要なことだった。旗がなければ、近所の人たちは彼女がトランスであることに気づかないかもしれないからだ。

私がロレシュケさんに会ったとき、彼女は27歳になろうとしていて、6年前から女性としてオープンな生活を送っていた。しかし、南ドイツの保守的な小さな町で育ったため、トランスジェンダーであることをオープンにした人に会ったことがなく、自分のことを秘密にしていたのだという。2011年まで、ドイツでは全ての親が子どもに性別を特定した名前をつけることが義務づけられていた。子供が成長し、性別を変えたいと思った場合、まず不妊手術や性別肯定手術に同意することが法律で義務付けられていた。

ロレシュケさんは17歳の時、ベルリンに引っ越した。21歳のとき、セラピストの支援を得て性別肯定手術に必要な手続きを開始した。ホルモン剤の投与を開始するには、まず1年間、女性としてオープンに生活することが法律で義務づけられていた。これは歴史的に(そして多くのトランスジェンダーにとって有害なことに)「実生活テスト」と呼ばれ、米国の一部では今でも手術を受けるための条件となっている。この条件は残酷で、虐待や差別を助長することさえある。なぜなら、医療的トランジションで外見を変化すること無しにその性別として振舞うことを義務づける一方で、出生時に割り当てられた性別を開示する書類を携行しなければならないからである。

ロレシュケさんには、その危険性を理解している親身なセラピストがおり、その危険を回避するためにホルモン剤の投与を開始することに同意したが、彼女の名前と法的な性別の問題が残っていた。法律上の名前を変更するためには、2人の心理療法士が、彼女が「本当に」トランスであることを証明することが必要で、その専門家の診断を受けるには、1,600ユーロの費用が必要だった。結局、叔母がそのお金を出してくれたが、他の親族が協力的でなかったため、家族の間に亀裂が生じた。

一次面接は問題なく通過したが、二次面接は「酷いものだった」とロレシュケさんは振り返る。化粧の仕方、座り方、動き方をチェックされた。恋愛遍歴や性生活についても質問され、「女性に興味があるなら、女性として失格だ」と言われた。面接官は、最終的にはロレシュケさんが名前を変えることに反対はしなかったが、女性とは何かという時代遅れで、差別的な考えを持っているように見えた。ロレシュケさんは後で報告書を読むと、面接官が終始ロレシュケさんを男性として扱っていたことが分かったという。

このようなステレオタイプ化は偶然ではなく、初期のゲートキーピングモデルの目的の一つであった、「合格」した人だけがトランジションを許されるようにするということであった。トランジションが成功すれば、その人がトランスジェンダーであることを誰も知ることはない、という考え方である。定型的な外見、そして性別への適合性が、トランジションの成功ということとなり、その偏見は今日も表れている。

しかし、多くのトランスジェンダーは、もはやパスすることを望んでいない。カリフォルニア大学ロサンゼルス校のウィリアムズ研究所が6月に行った調査によると、約120万人のアメリカ人がノンバイナリーを自認していることがわかった。全てのノンバイナリーの人々がトランスジェンダーであると認識している訳ではないし、全てのノンバイナリーやトランスジェンダーの人々が医療行為に進む訳でもない。しかし、私のように、多くの人が治療を受ける。私のコミュニティでは、トランスジェンダーの人たちは自分がトランスジェンダーであることを隠さないのが普通になっていて、旗を持つロレシュケさんのように、目に見える形でオープンでいることを選ぶ人たちも多数いる。

ミシガン州立大学社会学部助教授のステフ・シャスター博士は、新著『Trans Medicine: The Emergence and Practice of Treating Gender"(トランス・医療:ジェンダー治療の出現と実践)』の中で、医療におけるゲートキーピングは患者を守るためではなく、医師を守るために進化してきたと主張している。1960年代、ドイツ生まれの内分泌学者ハリー・ベンジャミンは、米国でトランジションを支援する第一人者の医師となったが、この仕事は非常に物議を醸し、彼の名声を脅かすことになった。ベンジャミン博士や彼のような人たちは、自分たちの権威を高めるため、また、嘘をついたり勘違いで診療を受けにくる患者の危険性から身を守るために、ガイドラインや、誰が真のトランスジェンダーなのかを確認する方法が必要であることに気づいたのだ。

当時も今も、誰かがトランスジェンダーのアイデンティティをでっち上げたという証拠はほとんどない。しかし、当時も今も、トランスジェンダーの詐称は、シスジェンダーの人々にとって非常に恐怖である。その恐怖が、ベンジャミン博士の名を冠したトランスジェンダー医療専門の組織を生み出し、後にこの分野で最も権威ある国際組織、World Professional Association for Transgender Health(WPATH)に発展させた。

今春、WPATHは各国が医療トランジションに関する最良の実践方法を示す一連のガイドラインを発表する予定である。2011年に発表された前回のガイドラインは、トランスジェンダーの権利の観点からは一昔前のもので、インフォームドコンセントの重要性を指摘する一方で、ゲートキーピングの実践を提唱していた。WPATHのガイドラインには強制力はないが、世界中の政府や医療機関がその勧告に大きな影響を受けており、トランス・コミュニティは、このガイドラインがどの程度変わるかを待っている。1月に発表された草案版には、HRTを希望する成人のメンタルヘルスの評価要件を削除し、セルフIDモデルに近づけるという文言が含まれていたが、多くの医療者は、それ以上踏み込んでいないことを懸念していた。

当然のことながら、ゲートキーピング制度の根底にある考え方の多くは、危険なほどに時代遅れである。例えば、後悔についての恐怖。現在、トランスジェンダー医療が、医学の中で最も後悔の割合が低いことが分かっている。2021年に行われた医学文献の体系的レビューでは、27件の研究で7,928人のトランスジェンダー患者を対象に調査し、後悔の割合が1%以下であることが判明している。これは、減量手術などよりも大幅に低い数値だ。2019年の調査では、術後4年目の胃バイパス手術の後悔率は5%、胃緊縛手術の後悔率は20%だった。ロレシュケさんによると、彼女がコミュニティで出会った稀な後悔のケースは、殆どの場合、その人のジェンダーアイデンティティについての認識の変化によるものではなく、手術の何かが医学的にうまくいかなかったため、或いはトランジション後に直面したトランス差別のためなのである。

ゲートキーピングはまた、害を及ぼさない、という誤ったヒポクラテスの誓いの適用によって推進されてきた。医師達は、トランジションを手助けすることは、その人をトランスに差別的な社会に送り出すことになるということを、長い間意識してきた。シャスター博士が『トランス医療』の中で述べているように、手術をしたりホルモン剤を投与することで性別不合が可視化し、社会から排除されることによって患者のQOLが悪化することを医師達は懸念した。医療従事者の圧倒的多数はシスジェンダーであり、彼らにとっては、治療によって起こり得る害は、十分に立証されている性別違和の未治療による害よりも遥かに直感に響き易いのかもしれない。何かをすることの潜在的な害は、何もしないことの害よりも、たとえ後者の圧倒的な証拠に面しても、概念化しやすいのである。

これらの批判は全て、医療提供者の性別の考え方を患者の性別に置き換えることの危険性に対する認識の高まりを反映している。医師、心理学者、その他の関係者からなる委員会がWPATHの新しいガイドラインの作成に取り組む中で、インフォームド・コンセントの効力を高め、成人に対するゲートキーピングを減らし、患者が自己を表現し、アイデンティティを認識される余地をより大きくするようにという圧力が強まっているのである。しかし、最終的なガイドラインが新たなコンセンサスを反映したものになるかどうかは、まだわからない。

私は、ナースプラクティショナーの診療所での経験が、想像もつかないほど私の人生を切り開いてくれたことに日々感謝している。今振り返ってみると、テストステロンで日々声が低くなり、想像以上に自分の体に馴染んでいることに感謝している。しかし、地理的条件や肌の色が違えば、追い返されていたかもしれないとも日々感じている。

WPATHの最終ガイドラインを待つ間、私は2015年、最高裁が同性婚に関する判決を下す準備をしていた時の感情を想起する。9人の見知らぬ人が私の未来を決める間、つまり私や私のような人々が自分らしく生き、愛することができるかどうかを決める間、私がどれほど感情的になり、無力感を感じたかを異性愛者の家族に説明するのは難しいことだった。トランスジェンダーであることがどのような感覚なのか概念化するのが難しいシスジェンダーの家族に、私たちのアイデンティティが疑われる制度の中で生きることがどれほど不安で有害なことかを説明するのは困難である。自分が何者であるかを知っている大人を信頼することは過激な考えではない。歴史は進歩するものだと信じたい誘惑は常にあるが、この国を含む多くの国でトランスジェンダーの人々が置かれている状況は、ますます不安定で暴力的になってきている。最もシンプルな一歩が、最も重要な一歩かもしれない:私たちを信じて。

 

記事の著者アレックス・マルツァーノーレスネヴィッチは、ボウディン大学助教授であり、「The Fact of a Body: A Murder and a Memoir」、近刊のノンバイナリー・アイデンティティに関する回想録 "Both and Neither "の著者である